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囲碁の雑学クイズ その4

問60 2015年秋から2016年春まで放映されたNHK朝のテレビ小説「あさが来た」では、ヒロインのあさが祖父と囲碁を打つ場面も出ていました。あさのモデルとなっている広岡浅子女史は、大同生命の創業者の一人である女性実業家ですが、囲碁が好きであったことも知られており、囲碁の喜多文子名誉八段の指導碁の棋譜が、明治41年のある有名新聞に掲載されていることも最近わかりました。囲碁の実力はどの程度で、掲載されていたのは何新聞だったでしょうか。今でもある新聞です。

 

 

答60 実力は、初段に5,6目置く程度の実力だそうです。掲載されていたのは朝日新聞です。日本棋院のホームページ及び大同生命のホームページに載っていました。また2016年1月28日の朝日新聞夕刊には、長島梢恵二段はこの棋譜を見て、アマ三段より少し強いレベル、と書かれていました。『あさが来た』でも何回かあさが囲碁を打つ場面が出ていました。

 

 

問59 毎週朝日新聞で配布されている「Globe」というタブロイド判の新聞の2016年1月3日号で、「Let it GO!」のページに、キューバで囲碁が盛んなことについての特集が掲載されていました。 その中で、囲碁センター「日・キューバ有効館」には何組の同時に打てる碁盤がそろっていると述べているでしょうか。また日本人でも囲碁を教えてできるようになるのは、10人中何人と言っているでしょうか。

 

 

答59 40組の碁盤がそろっているとのことでした。法典囲碁クラブでは、8組程度ですので、この5倍の広さがある勘定になります。また囲碁を教えてできるようになるのは、日本人でも10人中1人か2人、と言っており、ましてやスペイン語で教えるのはさらに難しいと述べていました。キューバで囲碁が広まったのは、約20年前ミランダというキューバ人が、仕事で親しくなった当時日野自動車の駐在員の佐藤さんのところにある碁盤の美しさに魅了され、教えてもらうよう頼んだ時に佐藤さんが答えた言葉です。念のためですが、「GO」は行くという意味と碁を掛けた言葉です。問21に関連した質問があります。

 

 


問58 2015年12月23日夜7時からのNHKのニュースで、日本棋院の決めたある内容が放映されていました。日本棋院ではそれまで無かったことなのですが、どのような内容だったでしょうか。

 

 

答58 来年春開催されるプロ棋士の参加する大会で、コンピュータの参加を初めて認めるという内容でした。13路盤で、4つのソフトまで認めるとのことです。通常の19路盤だと打つ手が多くあり計算時間がかかるとともに、複雑でプロ棋士にはまだかなわないが、13路盤だと手が限られてくることから、コンピュータも太刀打ちできるようになったとのことです。画像はNHKのホームページから

 

 

問57 2015年12月21日、7月下旬から続けていた井山名人の公式戦の連勝が24で止まりました。日本棋院のプロ棋士に限れば井山の24連勝は史上2位タイの記録になるそうです。それでは1位は誰の何連勝でしょうか。

 

 

答57 故坂田栄男九段(二十三世本因坊栄寿)の29連勝です。1963年から64年にかけて記録しました。12月22日の朝日新聞朝刊に出ていました。6冠を達成したので、早く7冠になってほしいのですが。

 

 

問56 2015年12月13日の朝日新聞朝刊の「文化の扉」のページでは、「初めての囲碁界」というタイトルで、初心者向けの囲碁の情報が載せられていました。その中で、現役のプロ棋士は11月末現在で462名とされていましたが、その中で女性は何名と言っているでしょうか。また年代別でも男性と女性では構成が異なります。最も多いいのはどの年代でしょうか。

 

 

答56 女性のプロ棋士は86名です。内訳は日本棋院本院では51名(全体は234名)、中部総本部では7名(49名)、関西総本部では6名(46名)、関西棋院では22名(133名)です。日本棋院本院で最も女性の割合が多くなっています。年代構成は、男性が最も多いのは40歳代で90人強、女性で最も多いのは30歳代で20人強(棒グラフだったのでそれぞれ目分量)です。女性の方が若くなっていました。

 

 

問55 2015年12月7日、日本棋院はフィンランド出身のアンティ・トルマネンさん(26)を「外国籍特別棋士」として来年4月1日に採用すると発表しました。欧米出身の棋士としては何年ぶりの誕生でしょうか。

 

 

答55 19年ぶりでした。トルマネンさんは2011年に院生となり、2年のブランクがありましたが昨年4月に復帰し、現在院生上位10人にあたるAクラスに所属し、プロ採用試験本戦では8勝7敗で16人中9位となっています。2015年12月10日の朝日新聞夕刊に出ていました。なお欧米人の棋士で有名なマイケル・レドモンド氏は昭和56年入段でした。

 

 

問54 平安時代の紫式部の「源氏物語」には、囲碁を打つ場面が何回か出てきますが、そのうち源氏物語絵巻の囲碁を打っている場面が切手にもなっていました。それは何の巻の場面でしょうか。

 

 

答54 宿木の巻です。今上帝と薫の宮(光源氏の息子)が囲碁を打っている場面です。切手は、寛弘五年(1008年)、「紫式部日記」に「源氏物語」に関する記述が、歴史上、初めて記録されてから、一千年目にあたることを記念して、2008年に10枚のワンシートで発行されました。この切手はその中の1枚です。

 

 

問53 2015年11月21,22日に、第52回全日本学生囲碁十傑戦(朝日新聞等主催)が、32名参加して行われましたが、どこの学生が優勝したでしょうか。また高校生は何人出場し、十傑には何人入ったでしょうか。

 

 

答53 優勝は専修大学1年の大関稔さんでした。高校生は5名出場し、3名が十傑に入っていました。なお決勝は時間切れのハプニングで決まったそうです。翌日の朝日新聞朝刊に出ていました。

 

問52 直木賞は、直木三十五氏の功績を記念して創設された大衆文学関係の文学賞ですが、その直木三十五氏が囲碁について、「無〇〇と言えば絶対無〇〇、〇〇と言えば絶対〇〇である」と言われたそうです。〇〇は同じ熟語が入りますが、何が入るでしょうか。

 

 

答52 「価値」です。言われてみればその通りだと思います。すなわち生産性がなく単なる娯楽と言えば無価値ですが、人によっては、囲碁により頭を使い脳の活性化やボケ防止になっていると思うし、毎日の生活のハリとなっているので大変価値があります。この言葉は、ノーベル賞作家である川端康成氏の昭和13年の本因坊秀哉名人の半年にわたる引退碁の対戦を描いた「名人」の中に出てきました。

 

 

問51 70歳以上1人、女性1人、中学生以下2人を含む、7人で構成し老若男女が一緒になったグループで戦う団体戦が、ある都道府県知事杯として争われています。どこの都道府県でしょうか。

 

 

答51 埼玉県です。埼玉県知事杯埼玉県市町村交流囲碁大会と銘打って行われており、今年で第2回となっています。2015年11月1日Eテレで12時からの「囲碁フォーカス」で放映していました。

 

 

問50 「囲碁殺人事件」という推理小説があります。誰が書いたものでしょうか。

 

 

答50 竹本健治氏です。アマゾンのホームページから概要を引用すると、”第七期棋幽戦第二局は、〈碁の鬼〉と称される槇野猛章九段の妙手で一日目を終えた。翌日の朝、対局の時間に槇野九段は現れず、近くの滝の岩棚で首無し屍体となって発見される。死の二週間前に目撃された奇妙な詰碁は殺人予告だったのか。知能指数208の天才少年・牧場智久と大脳生理学者・須堂信一郎が不可解な謎に挑む本格推理。ゲーム三部作第一弾、牧場智久シリーズ開幕。”です。

 

 

問49 作家で戯曲家の井上ひさし氏が2010年に亡くなられたとき、俳優の小沢昭一氏が追悼文で、囲碁に関係する有名な川柳を引用していました。どのような川柳だったでしょうか。

 

 

答49 「碁敵(ごがたき)は 憎さも憎し なつかしし (古川柳)」でした。2015年11月4日の朝日新聞朝刊一面の「折々のことば」の欄に載っていました。古川柳は、「孝行の したい自分に 親はなし」などを作った江戸時代の俳人で、ここから「川柳」という言葉ができたそうです。 

 

 

問48 2015年10月12日、兵庫県宝塚市で、29歳以下の女性限定の囲碁大会「囲碁ガールズフェスタ」が、日本棋院主催、関西棋院後援で開かれました。囲碁の実力以外のことも争いましたが、それは何だったでしょうか。

 

 

答48 ファッションや対局姿勢などを対象にした審査もありました。全国から105名参加し、優勝は京都市の竹野麻菜美(18)さんでした。若い女性にももっと広がることを期待しています。なお審査委員長は謝依旻女流棋聖でした。

 

 

問47 2015年10月4日、第2回ネット棋聖戦の決勝が行われ、最上位のSAクラスの優勝は趙 錫彬さんでしたが、どのような特権が与えられたでしょうか。

 

 

答47 第41回棋聖戦の予選参加権が与えられました。第3回ネット棋聖戦は12月から1年近くかけて行われます。

 

 

問46 2015年9月25日の朝日新聞夕刊一面の「Photo Story」では、「ちょいと一局」とのタイトルで、月に1度「Stand up IGO!」と銘打った立ち囲碁のパーティーが始まったことが報じられていました。どこで始まったのでしょうか。

 

 

答46 東京・有楽町のバーでです。企画したのは20代の囲碁経験者4人が立ち上げた「IGOホールディングス」で、社長はアマ7段の日本棋院の元院生です。囲碁人口の半分以上が60歳以上になっていることから「囲碁は磨けば光る珠。まずは受け皿を作りたい」と、若者に一石を投じようとしています。なお新聞には「有楽町のバー」以外の場所の情報はありませんでした。朝日新聞デジタルから

 

 

問45 韓国の中央日報と韓国放送公社(KBS)主催の第20回三星火災杯世界囲碁マスターズが9月上旬北京で開幕し、韓国15名、中国11名、台湾2名、アメリカ1名で、日本からは伊田篤史十段、依田紀基九段、志田達哉七段の3名が参加しました。日本勢の活躍はどうだったでしょうか。

 

 

答45 すべて1回戦で敗退でした。2回戦は韓国と中国それぞれ8名づつ進み、10月6日に対局が行われます。もう少し日本の棋士も頑張ってほしのですが。その他の囲碁大会でも中国や韓国の方が強いみたいです。

 

 

問44 2015年9月20日の朝日新聞に載っていたのですが、日本棋院から「囲碁大使」に任命されている戸島花さん(27)は、囲碁を中学時代から始めていたそうで、レイモンド九段の出した詰碁もクリアし、「石の下」も理解していました。武宮元名人は戸島さんの実力をどの程度と判定していたでしょうか。

 

 

答44 ”ふつうにみれば三段はある。でも時々3級かな”と言っていました。戸島さんは元AKB48 のメンバーだったそうです。なおその記事の近くに、第40期名人戦井山名人対高尾天元の第2戦が井山の黒番半目勝ちが載っていました。また戸島さんは、毎週日曜のNHKのEテレの昼12時からの「囲碁フォーカス」に出ているほか、日本棋院の雑誌「碁ワールド」の8月号にも表紙を飾っていました。なお9月27日放映の囲碁フォーカスでは、戸島さんの実力は初段だと言われていました。

 

 

問43 ノーベル賞作家の川端康成氏が、1938年(昭和13年)の6月から12月にかけて打ち継がれた21世本因坊秀哉名人の引退碁の観戦記を元に、小説の形にまとめたものがあります。その小説の題は何というのでしょうか。

 

 

答43 「名人」です。川端文学の名作の一つとされてます。秀哉名人(65歳)の引退に当たり企画され、対戦相手はリーグ戦を勝ち抜いた木谷実(29歳)七段(小説では大竹七段)でした。1938年6月26日に打ち始められ、途中名人の体調不良もあり、終わったのは12月4日で、木谷七段の5目勝ちでした。翌々年の1940年、66歳で名人は亡くなりました。なお木谷氏は石田元本因坊等「木谷門下」といわれる優秀な弟子を数多く育てています。

 

 

問42 船橋市の友好都市の囲碁団との親善囲碁対戦が、2015年10月15日(木)午後3時から5時に船橋市の中央公民館で行われました。どこの友好都市の囲碁団とでしょうか。

 

 

答42 中国の西安市の囲碁団とです。初段以上の先着10名が対象で、17日にはグループ対抗戦、初心者囲碁講座も開かれます。船橋市の「広報ふなばし」の9月15日号に掲載されていました。

 

 

問41 2015年8月にあった第36回文部科学大臣杯少年少女囲碁大会全国大会(日本棋院主催)の小学生の部で、千葉県代表は千葉大学教育学部付属小6年の池田陽輝さんでしたが、何位だったでしょうか。

 

 

答41 日本一となりました。「あきらめない」原点は「ヒカルの碁」で、放課後は宿題をこなしたら一人で黙々と詰碁などの囲碁の勉強だそうです。9月12日の朝日新聞朝刊に載っていました。